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南部氏供養塔



7月9日(木)13:26 山梨県南部町は、奥州豪族・南部氏の発祥の地。甲斐源氏の祖、加賀美遠光がこの地を治め、南部氏を称したことに始まる。この一帯は歴史文化公園に指定されている。(辰)

館跡の井戸



7月9日(木)12:58 南部氏初代光行は父の加賀美遠光からこの地を与えられ、館を構え、鎌倉の源頼朝の許へ出征していたものと思われる。奥州藤原氏討伐や頼朝の京都上洛に従い活躍するが、没後は南部郷は長子実光が、波木井郷は弟の実長が相続した。その後、一族の多くは逐次奥州へ移住していったが、一部はながくこの地にとどまった。現在はこの井戸だけがわずかに昔を偲ばせている。
※館址すぐ脇の民家の屋根瓦に武田菱の家紋があったので、案内をして下さった住職様にたずねると「この辺はみんな武田菱ですから。」とのこと。(辰)

甲斐南部 延寿山 妙浄寺



7月9日(木)12:38 今より700年前、妙浄寺は真言宗大日山妙楽寺と称し、甲斐源氏の祖、新羅三郎源義光の創立にかかる、甲斐源氏の祈願寺、菩提寺であったといわれる。文永11年5月12日に日蓮大聖人は身延に向けて鎌倉をご出発、その旅の途中、当山にお着きになり、時の往寺大輪法印と法論し、これを帰依させた。この時より大輪法印は、大聖人に帰伏し、お弟子となり、寺檀ともに日蓮宗に改宗した。(辰)

甲斐南部 延寿山 妙浄寺



7月9日(木)12:03 ※小雨に濡れた境内の芝生がきれいです。お堂で住職様が説明をして下さいました。地元の南部茶(ペットボトル入り)も頂戴しました。(辰)

身延山 久遠寺(二王門にて)



7月9日(木)10:33 ※三門の中にしゃもじが…(辰)

身延山 久遠寺(宮沢賢治の歌碑)



7月9日(木)10:31
塵点の刧をし 過ぎていましこの 妙のみ法に あひまつりしを
宮沢賢治が病床で綴り、死後発見されたいわゆる「最後の手帳」の鉛筆差しに巻いてあった紙片に書いてあった歌とか。(辰)

身延山 久遠寺(大杉)



7月9日(木)10:29 ※見事な大杉。(辰)

身延山 久遠寺(南部実長公の銅像)



7月9日(木)10:27 南部実長は、八戸氏(根城南部氏)の祖としても有名だが、 もともとは、甲斐国波木井郷(南部町)に居住していた鎌倉幕府の御家人であった。 長男の実継が八戸氏(根城南部氏)を継ぎ、四男の長義が波木井郷を継いだ。 当時、身延山は甲斐国波木井郷・南部実長公の領地であり、日蓮聖人の支援者であった。(辰)

久遠寺(菩提梯)



7月9日(木)9:43 帰りは斜行エレベーターを使用せず、菩提梯(ぼだいてい)を降りる。高さ104メートル。287段の石段。この階段を登り切ると涅槃の本堂に至ることから、覚りの悦びが生ずることを意味する。
※あのガイドさんが先頭を切って降りたが、我々は後で足ががくがく…
(辰)

身延山 妙法華院 久遠寺 本堂



7月9日(木)9:43  鎌倉時代に日蓮聖人によって開かれたお寺で日蓮宗の総本山である。
※本堂をお参りしていたところ、堂内にいた僧侶が岩手県神社庁の一行と知ると、「私も東日本大震災のときに陸前高田に支援で入りました。」と、特別に解説をしてくださいました。(辰)



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